東京マラソン。

昨日、東京マラソンを嫁さんを観に行った。
自宅から遠くない場所が折り返し地点になっているということを聞いて‘なら観に行ってみよう’かと。

週末は出来る限り二人でウォーキングに出る。
昨日もそれを含めての話となった。

折り返し地点まで、駅で四つ。
行きは二つ目で下車し、二区間歩く。
近づくほどに、交通整理の警官が増える。

ちょうど良い時間に到着。
程なくして先頭集団が到着。
初めてのマラソン観戦であったが、正直驚いた。

先頭集団は全てアフリカの国々の選手だろうか。
大きく、逞しく、そして脚が本当に長い。
私個人のイメージとしては、マラソン選手は「痩せて上背もそんなに」という感じ。
本当に驚いた。
あれでは、日本の選手に勝てと言うのが酷であろう。

招待選手や有力選手が通り過ぎた後、一般参加者がちらほら目に入り出す。
仮装をしたランナー、ビデオを取りながら走るランナー、沿道の顔見知りと話し出すランナー。
これが市民マラソンと言うものか。
これが東京マラソンなのね。

二時間ばかり応援、観戦を続けただろうか。
あれほど続いてランナー群もまばらとなりかけた頃に、その場を後にした。
近くのカフェで一休みをし、帰路に。

帰りは自宅までの四駅を歩いた。
気持ちが高揚していたのかもしれない。

喫茶店。

昨日のこと。
サッカーの応援に伺った。

一試合を観戦し、次の試合まで1時間の待ち。
寒さもあり、そこに居合わせた方々で喫茶店にでも行こうという話になった。
人数は8名。

最寄りの駅は大きな駅ではないが、よく知られた駅。
時間は14時頃。
すでに昼食の時間帯は過ぎている。

駅前まで戻り、店を探す。
マックはあったが、流石に8名は座れそうもない。

その後駅周辺をぐるぐると探索。
昼飲みできる居酒屋はあれど、お茶が出来る店が見当たらない。
結局はパン屋のeat in spaceに入ることに。

スタバを初めとする大手チェーン店のコーヒーショップは多く見かける。
私自身、実際に多く入店する。
一方、喫茶と言われる店には入らなくなった。
喫茶店は減ってしまったのか・・・。

人間我儘なものである。
必要な時にだけその有難さを実感する。
身近な喫茶の有難さを実感した、寒い一日であった。

勉強。

‘実写面の仕事が始った’と先日書いた。
すでに製品は納め終わっており、昨日そのお面を使用したイベントが行われた。

今回のお客様は、集英社様。
集英社新書から発刊される、田村淳著「日本人失格」という新刊の発売記念イベントにお使いになるというお話であった。
そして、昨日そのイベントが行われたのだ。

私もお邪魔した。
見学という軽い気持ちで伺ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

実写面は対象者のお顔をスキャンして形状を作る。
つまり、その方の顔が被れば、ほぼピッタリ密着してしまう。

逆に他の方が被れば、その方の顔の形状にもよるが当たってしまう部分が出てきてしまうのだ。
今までそこに気付かなかった。

集英社ご担当者様は事前に気付かれ、裏面に空間を設ける為の「綿花」を持って来られていた。
裏面おでこの部分に綿花を丸めて貼っていらっしゃるのだ。
わたしもすぐにお手伝いをさせて頂いた。

本当に良い勉強をさせて頂いた。
日々是勉強なのだと痛感させられた。

富士山。

週末、いつものように嫁さんと二人でウォーキングに出かけた。

コースは、先日歩いて気に行った‘砂町銀座ルート’。
砂町銀座でお昼を食べて帰ってこようという話である。
帰りはバスを考えて、距離は5~6キロほどか。

まずは土手に出て、二つの区を結ぶ橋を渡る。
この橋は長く、そして高い位置に架けられている。
昨日は晴天。
白く雪を頂く、素晴らしい景観の富士山を眺めることが出来た。

私が嫁さんに言う。
‘富士山を見ると願い事を呟いてしまうことがある’
嫁さんが返す。
‘私にはもっと身近な存在かな’

昔から、富士山信仰がこの日本にはある。
信仰とまではいかないが、願い事をするというのはそれに近いものがあるかもしれない。
彼女はそういうような位置付けではなく、もっと身近な存在だと言うのだ。

彼女曰く。
‘例えば、他の山。そう、高尾山。’
‘高尾山の場合の「さん」と富士山の「さん」とでは明らかに言い方が違うでしょ。’

‘富士山の「さん」は名字の○○さんの「さん」と同じ言い方でしょ。’
‘昔の人も他の山々よりももっと身近な存在として富士山を見ていたんじゃないかな。’
‘私の場合は、こっち。’

言われてみれば、そうである。
今まで気づかなかったが、富士山の「さん」は名字を呼ぶよう。

人其々のふじやま。
そして、富士は日本一の山 なのである。

六本木の夜。

週末、アマンドの前で待ち合わせをした。
時刻は22:30。
嫁さんが会場作りの手伝いで、その時刻まで六本木にいた。

確かに一週間前、仕事絡みで同じ様な時間帯に六本木一丁目の駅を下りた。
が、そこは坂を下りきったオフィス街。
時間も時間で、人の影もまばらな静かな街。
六本木の歓楽街とは全くことなる。

最後に六本木の夜に行ったのはいつだったか。
嫁さんを迎えに、ちょっと行ってみよう。

アマンド前は人でごったがいしていた。
待ち合わせはスムーズに行われ、別にどこかに立ち寄ることもなく帰路についた。
その間、5分もかからなかったか。

それでも雰囲気を感じることは出来た。
時間ではなく、いたことが大事なのだ。

いつしか忘れていた、あの感じ。
歳のせいにして、離れていたあの感じ。
たまに覗くのも悪いことではないと思いながら、電車に揺られた。

そこには理由がある。

実写面の仕事が始った。

昨日は20時過ぎより3Dデーター取りに出向いた。
出版社の仕事であったが、現場はテレビ局となった。

著名芸能人のお顔をスキャンさせて頂くのは二度目。
今回も実所要時間20分ほどだったか。
スムーズに終わらせることができた。

毎度というほどの回数はこなしていないが、感じることがある。
‘売れるということには、やはりそこに理由がある’ということだ。

とても礼儀正しい。

私のような下請け業者にも本当に礼儀正しく接して頂いた。
このことは前回の方も同様。

私は帰りの電車の中で、同行した会社の者にメールをした。
‘絶対に良いものを作ろう。’

人柄が人をひきつけ、仕事を成功に導いて行くのだろう。
売れるということには理由があるのだ。

砂町銀座。

前回も書いたが、私は嫁さんと二人でよく歩く。

靴は、スニーカー。
彼女も同じようなもの。
もっと歩き易い靴に変えようと言う話になった。

ならば、歩きも兼ねて少し遠めのお店に行こうと。
距離にして5~6キロのところに、ショッピングモールがある。
そこまで歩いて行くことにした。

歩くことは楽しい。
カロリーを消費している(?)という充実感。
思いがけない遭遇。

大通りを行かず、方向性に頼って歩くことにした。
こんなところに桜並木が。
春になったら、さぞかしきれいに花が咲き乱れることだろう。

もうそろそろだろうと思っていた矢先、商店街らしき入口が見える。
ああ、砂町銀座かぁ。
このあたりなら、この商店街だろうとすぐに思った。

有名な商店街である。
商店街の両端は大通りに面する。
車では通り過ぎるのだが、中に入ったことは今までに一度もない。

時間は10:30時頃であったか。
すでに多くの客で賑やか。
焼き鳥、揚げ物、おでん、店先に人が並ぶ。

これほど大きなものではなかったが、私が育った町にも商店街があった。
それは彼女もそうであったよう。
長い長い通りを懐かしく思いながら通り過ぎた。

今度は一杯飲んで帰ってみよう。
通り過ぎるには惜しい商店街。
そして歩いて行くからこそ、そう思うことができるのだ。

海蛍。

東京湾に浮かぶパーキングエリアではない。

週末、嫁さんと二人で歩きに出かける。
時間は夕方以降が多い。
荒川の土手を河口に向かって進む。

季節や天候にも依るが、このあたりは飛行機がよく飛ぶ。
羽田の離発着のルートになっているのだろう。
河口に目を向けると、夜の闇に黄色に光る珠が行き来して見える。

蛍のようである。
そう、海蛍。

ディズニーの光。
臨海公園の観覧車の光。
ゲートブリッジの光。

暗闇の海面に舞う海蛍。
これを見たさに寒中歩き続ける。

自衛隊研修。

新入社員研修として、自衛隊への体験入隊を行う企業がある。
私が社会人としての一歩を始めた会社でも、それが行なわれていた。
今はもう行われていないが。

礼儀や規律、社会人としての自覚を身を持って感じてもらおうということだったのだろう。
確か二泊三日程度の期間だったと思う。
走ったり、担いだり、行軍を行ったり。
夜中の緊急点呼などもあったと思う。

その当時は、その意味も感じていなかった。
‘仕事の一環として会社の指示に従っただけ’という気持ちが強かったように記憶する。

その会社を辞めて25年。
ちょっとしたことがきっかけで、そのうちの一人と連絡を取った。
瞬く間に、連絡の輪が広がった。

来月その仲間たちとの再会の日が訪れる。
中には30年会っていない彼らもいる。

こういうことだったんだろう。
自衛隊研修の意味は。

新しいスーツ。

社内ではスーツでいることはまずない。
着て戻っても、すぐに脱いでしまう。
工場内を動き回るのに、正直不都合が多いからである。

元よりビシッとスーツを着ることが少なくなった。
ジャケットにスラックスなどを合わせて着ている。
とは言え、スーツで出かけなくてはいけない時もある。
そんな時、自分の持っているスーツの古さを感じることが多々あった。

モノが良かったせいか、服地がよたっている感じはない。
そう、形が古いのだ。
一つ二つは今風のモノを持っていなくては とは思っていた。

自宅近くに大手紳士服量販店が数店舗ある。
若い頃は量販店でスーツを買うことはなかった。
今では普通に入る。
日曜日に嫁さんを伴って出かけた。

彼女を伴うのはジャッジをしてもらうため。
自分で候補を見つけ、その中で最終決定する際に彼女の目が大きく役立つ。

細め、ノ―タック。
落ち着いた色の3ピースとチャレンジな明るい色の2ピース。
二着買ったのは、面倒くさがりだからである。

念の為ウエストを広げ、恰好よくなるからと勧められて袖丈を短くすることにした。
仕上がりに一週間かかる。

吊るしの中では高い部類の金額だったが、その頃買ったスーツ1着分にも及ばない。
さて、この50オーバーの親父がどんな見映えになるものか。

そうそう、はやりのトンガリ靴も一緒に買ってしまった。
清水の舞台から飛び降りるつもりで。